AI時代の映画制作を問う ダミアン・ハウザーが挑む新たな映画表現
新進気鋭のケニア系スイス人映画監督、ダミアン・ハウザー。最新作「Memory of Princess Mumbi(仮訳:ムンビ王女の思い出)」では、ケニアを舞台にアマチュア俳優を起用し、即興的な手法とAI技術を融合させている。AI時代の映画制作が直面する可能性と倫理のはざまを映し出す本作は、若き監督の新たな挑戦として注目を集める。
ダミアン・ハウザー外部リンク監督(24)は手早い制作を得意とし、ルーマニアのラドゥ・ジューデ監督や韓国のホン・サンス監督と並ぶ多作な若手映画監督の1人として映画祭で注目を集める。
これまでに3本の長編映画と数多くの短編映画を手掛けてきた同監督は、最新作「ムンビ王女の思い出」を今年のベネチア国際映画祭で初公開した。本作は、哲学的なSF、AIによる特殊効果、モキュメンタリー(ドキュメンタリーを装ったフィクション)、そして心温まるロマンスが自由に交錯する意欲作だ。スイスインフォは映画祭の会場リド島で監督に取材を行った。
映画界では近年、AIをめぐる議論が盛んだ。ブラディ・コーベット監督のオスカーノミネート作品「ブルータリスト」(2024)では、軽微な調整にAIが使われていたことが発覚し、同作品の表彰取り消しを求める騒動にまで発展した。その一方で、多くの若手監督はAI技術に対する不安を乗り越え、慎重ながらも前向きに受け入れようとしている。
「ムンビ王女の思い出」は、そのような潮流を体現する作品だ。AIが抱える倫理的な問題を認めつつも、その創造的なポテンシャルを信じ、ただちに実践に移そうとする監督の意欲が反映されている。
映画制作の原点
ハウザー監督は自身の制作スタイルについて、スイスインフォにこう語った。「7歳の時、遊びのような感覚で映画撮影を始めました。当時、1作品あたりの撮影時間は1時間で台本もなく、映画制作は友人との単なる実験にすぎませんでした。しかし、本格的に制作するようになると、撮影できる本数は年々減っていきました。以前は、年間20本とはいかないまでも3本は撮っていたのに、今では1本だけです」。そう振り返る監督の寂しげな表情は、1年に長編映画1本という撮影ペースが、いかに物足りないものかを物語っていた。
「ムンビ王女の思い出」の舞台は2093年。若き映画監督クヴェが、ハウザー氏自身が演じる友人ダミアンとともに、悲惨な戦争の爪痕を記録するためアフリカの架空の都市ウマタを訪れる。ウマタは、21世紀半ばに人々の人間性を奪ったデジタル技術からの脱却を目指す社会運動が根付いた都市として描かれている。
2001年、ケニア系スイス人としてチューリヒに生まれたダミアン・ハウザー監督は、これまでに短編映画やミュージックビデオ、演劇など多彩な作品を手掛け、4本の長編作品も撮影してきた。「Blind Love(仮訳:光なき愛)」(2021)、「Theo: A Conversation With Honesty(仮訳:テオ 正直な対話)」(2022)、「After The Long Rains(仮訳:長雨の後)」(2023)、「ムンビ王女の思い出」(2025)だ。
現代の多くの映画監督とは異なり、同監督はインスピレーションを感じた時に撮影を始め、多くの若いアーティストが直面する企画や資金調達の問題に陥ることはない。最新作「ムンビ王女の思い出」では、狙い通りの特殊効果を生み出すためにAIを駆使し、この自由なアプローチを一歩前進させている。
即興が生んだ最新作
作中で映画を撮影する若手監督クヴェは、女性キャストのオーディションでムンビと出会う。ムンビは慣習にとらわれない現地俳優だが、やがて王子と結婚する運命を背負っていることが明らかになる。2人は恋に落ちるが、ムンビは映画制作からAIを排除し、道中で出会う労働者たちの願望にさらに寄り添うようクヴェに促す。
SFらしい複雑な舞台設定とは対照的に、「ムンビ王女の思い出」の制作は「非常に即興的」で、作品全体に創意工夫を凝らした、とハウザー監督は語る。監督は大まかな指針だけを頭に入れ、1人でケニアを旅した。家族の友人や遠縁の親戚に協力を仰ぎ、主要キャストのほとんどにプロではない俳優を起用した。
「正式な台本はなく、その代わりに40ページにわたる詳しいアウトラインを用意しました。世界や歴史、神話について、非常に細かく具体的に書き込んだものです」。ハウザー監督は思い出し笑いした。しかし映像を見返す中で、そのような設定の大部分を控えめに扱い、物語の感情的な核に焦点を当てる必要性を感じたという。
監督はさらに続けた。「弟が亡くなったのは、私がAIツールを使い始めた頃でした。それがこの映画の原点です。その出来事がなければ撮っていなかったでしょう。気を紛らわせる必要があったのです。撮影が始まってからは、この作品が最終的にどうなるのか気にする人は現場にいませんでした。撮影はカメラの前をただ歩き回っているような感覚でした」
「もっと若い時は、異世界を舞台にしたファンタジー映画を制作するのが好きでした。AIツールのポテンシャルを目にして、それまで培ってきたビジュアルエフェクトの経験と組み合わせれば、心の中の子どもを解き放ち、空想の世界で映画が作れると気付いたのです。撮影と同様、撮影後の編集作業も自然と即興になりました。AIの特殊効果は事前にいくつか試したものの、最終的には即興に頼らざるを得ませんでした。作品を完全に制御したいなら、AIの利用は避けるべきです」
舞台と役者をケニアに設定したことは、この作品を現実にしっかりと結び付けた。撮影を行った村では「せいぜい1日か2日先を計画できる程度」で、完全に自由な時間が流れていたという。「この方法しかありませんでした。例えばチューリヒに戻れば、友人に1カ月の休暇を取ってもらうことははるかに難しいでしょう。なぜなら、人々の生活はもっとお金がかかり、型にはめられているからです」
AI利用の展望と課題
ハウザー監督はAIを駆使して現実世界のセットやロケーションを拡張し、現実の景色と生成した背景を組み合わせて壮大なアフリカの未来世界を描くことで「ムンビ王女の思い出」を作り上げた。AIで生成した背景は、クラシック映画で使われる手書き背景の手法「マットペインティング」のように、人工物でありながら効果的なスケール感を生む。
「この映画は、現実を完全に再現することを目指していません。制作時点の技術を詰め込んだタイムカプセルです」と監督は語る。
作中には、ムンビがクヴェに対し、AIで生成したイメージには必ずそれと分かる印をつけるべきだと促すシーンがある。「本音を言えば、AIツールを使う際には、それがAI生成かどうかを明示することが極めて重要です。今やインターネット上では、AIが生み出したものと現実のものを見分けることが困難になっています。だからこそ我々映画制作者は、作品の中にAIをどう取り入れるについて責任を負わなければなりません」
偶然にも、本作の撮影地であるケニアの首都ナイロビは、アフリカにおけるAI産業の主要拠点だ。しかし当地の一部テック企業は、安価な労働力を搾取しながら規制の緩い市場で利益を上げている可能性も指摘されている。ハウザー監督はこうした皮肉な繋がりに笑みを浮かべ、こうコメントした。「私は制作過程で大きな問題を発見しました。AIで映像の解像度を上げようとすると、黒人の登場人物が白人に変わってしまうことがあるのです。ドレッドヘアは消え、肌は白くなってしまう。これはAIが学習した映画の偏りが原因です。作業の妨げとなる異様な光景でしたが、不思議と滑稽でもありました」
おすすめの記事
スイス映画が向き合うポスト植民地主義
編集:Virginie Mangin & Eduardo Simantob/ts、英語からの翻訳:本田未喜、校正:ムートゥ朋子
JTI基準に準拠
swissinfo.chの記者との意見交換は、こちらからアクセスしてください。
他のトピックを議論したい、あるいは記事の誤記に関しては、japanese@swissinfo.ch までご連絡ください。